空想変人ファイル1 清水磯男 

鋭利に尖った缶詰の切り口に、軽く舌を這わせる。
彼の中でもっともスリリングな享楽の刻。
甲殻類の芳しい出汁の臭気を感じつつ、金属から伝わる冷たさと金属の尖った感覚を楽しむ。
もしここでくしゃみをしたら?
彼、清水磯男(45)の舌は忽ち鮮血を吹き出しながら、蛇のように割れてしまうだろう・・・。

(でも、この危うさが異常に興奮する・・・やめられない!)

_20160928_005116少年期の磯男は、父がお歳暮でもらった蟹の缶詰に尋常でないあこがれを持っていた。
しかしかなりの高級品であった缶詰は、中流家庭の子供の口には入らず父と母が夜中につまみとして食べてしまっていたのだ。
朝磯男が見るものは、尖った金属蓋の口を虚ろに開けたカニ缶の姿だけ・・・。
そして彼が10を過ぎた年に、禁を犯す。
せめてその汁味をと、母の目を盗み空き缶を漁る、もちろん缶を舐めるために。
乞食のような行為に見つかれば母が怒り落胆するのは目に見えている。
いそがなきゃ!
素早くゴミ袋から取り出し、早足忍び足で押し入れに隠れる。

恐る恐る目の前に空き缶を持ち上げる、さあご対面だ。

両親の前では優等生の磯男が、初めてした反抗。
鮮烈な脳の興奮が蟹の残り香をより幼い記憶に刻まれていく!
目をカッ開き短い舌を精一杯伸ばす!
缶の蓋に舌が触れたその瞬間!

バーーーン!

・・・・・・

・・・・

・・

この先の記憶を彼は思い出すことができない。
分かっているのは、脳神経がはじけ飛んだという原体験と
舌を切りながらも血まみれで舐めていた姿を発見し大慌てで病院に連れて行ったという母の話だけ。

(さすがに舌を切らずに舐め楽しむ精神力はついたものだな。)
寸止めの美学ってやつかなとにやりとほくそ笑む。

すでに若くして会社の重役職になった彼は、カニ缶を買うなど造作もないことだ。
「だから私はね・・・」
インタビュアーの私にまっすぐな目で切り出した。
「こんな不幸な変人を生み出さないために、息子たちにはたっぷり蟹の缶詰を食べさせているのです。」

帰り道、私は思った。
はたしてそうなのだろうか?
息子を思う父というのは表向きで、至極全うな方法でカニ缶の蓋を得て舐めたいだけなのでは?
おっとイカンイカン、このような仕事をしていると変人が発する深淵の闇を探ろうとしてしまう。
息子の下りのときだけ彼の目に輝きを失ったのを見逃さなかったが、
それは私は見ていない。

そう見ていないのだ。
と胸に深く刻み最終電車に乗り込んだのだった。

(この話はフィクションです。)

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Taiga Sobajima
囚人番号066 通称パーティーピーポー とにかくド派手にがもっとう コンピューターグラフィックを始め、ペン画、クレヨン画など。 WEBコンテンツも担当の最年長。 HP: http://www.taiga.sobajima.info/

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